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岸辺のAlbum

teenstの日記

世間は狭い?

この一年,いろいろ人といろいろなところでやりとりをする機会があった.思わぬところで思わぬ人たちが繋がっていたりして,「世間は狭いね」なんて話をされることが多いのだけれど,世間が狭いことについてはあまり同意できない.

自分の繋がりを振り返ってみると「思わぬところで思わぬ人たち」というのは,どうも大学以降の人たちばかりで,高校以前の交友関係に関しては,繋がっていないようなので,「自分のいる分野の世間が狭い」というほうがまだしっくりくる.
高校以前の人たちを無視して世間というのは,なんとなく納得できない.


例えば,昨日出てきたセルゲイ・ブリンでもいいのだけれど,「どうせ知人の数ホップ先にいるだろうな」みたいな感覚がある.それはたまたま,僕がITの世界にいるからかなと思っていたが,思わぬ繋がりはIT分野だけではないことを思い出す.分野が変わるのでもちろん確率は低くなるだろうが,別の分野のトップランナーでも「あの人をたどればたどり着きそう」という人の名前はやっぱり出てくる.学歴というか,「頭の良さ」だったり「物事を成し遂げる力強さ」みたいなのがある人ほど,何かしら繋がっているのではと思うのだった.

僕の場合は残念ながら,それは大学以降に知り合った人ばかりで,高校以前の人から数ホップ先はあまり見えない.それは良い状態なのか良くない状態なのかはわからないけれど,個人の機会損失のことを考えれば,所属関係なく知り合いになりたいよなと思う.

しかし,いろいろ考えていたら,「大学入学以降,僕がアグレッシブなっただけではないか」とか,「高校までは他の人のことを,知ろうとしなかっただけではないか」という,僕に原因があることかもしれないし,「いろいろな人を紹介してくれるような『巡り合わせの人』と,知り合いになったからではないか」というような考えもひらめく.



興味があるのは,小さなコミュニティだけでやりとりをしている人たちで,そういうコミュニティに,僕がアクセスできる方法は今のところ「場所」かなと思う.

場所について最近考えていることとして,例えば渋谷でもいいのだけれど,ある1つのところに集まっていても,いろんなバックグラウンドの人がいるというのは面白さだろう.渋谷の飲み屋でもカフェでも行って周りの人の話に聞き耳を立てると,本当にいろいろな話が聞ける.日本でも地方ではそういうことはないかもしれないし,国によっては住み分けがされてるとも聞くから,日本の都市部特有の面白さなのかもしれない.


まぁ,小さいコミュニティだけの人たちはロングテールだろうし,ヘッドすらどうにもならないのに,テールのことを考えるのは良くないんだろうな.ロングテールに関心があることは悪いことじゃないけれど,そこの膨大な多様性に目がいって,何も解決できないことになりがちなのはやっぱり課題である.