《Untitled》
他人を犠牲にして,生き延びてる気持ち悪さがある.
反面,どんなところでも死なないというしぶとさもある.
死ななければいいじゃないかという話だと思う.
人を犠牲にせずに野垂れ死ぬ.
尊い生き方だけど,死んでしまっては元も子もない,とも思う.
ただ,のたれ死ななければという意見は僕の口から出た言葉ではないので,
自分の言葉ではない,噛み合わなさがある.
振り返ってみると,かつての同級生たちは,
話を聞く限りでは,足踏みをしたり,道を踏み外したりしているようだ.
僕には,それがくすぶってみえることもあるのだけれど,
きっと驕りだと思う.見くびってはいけない.
きっと,いや間違いなくそれは幸せをはらんでいる状態なのだと思う.
僕にはそれが幸せに見えないだけで.
こういうことを言うとそもそも,幸せとはという話になる.
はたして,多くの年上の方々が僕ら世代の時に,
同じような道を歩むだろうかと思うと,
きっと合理的ではない気がするなと思う.
2010年代前半に,20歳前半を生きる場合,
1990年代や2000年代に20歳前半を生きるのとは違う,別の難しさがある気がする.
価値観が多様であることを感じるが,
多様である環境で生き延びるには,
いろんなタフさが求められるのでは.と思う.
若者が集まると,恋愛の話になる.
院卒情報系の研究開発職という職種柄,理屈っぽいと思われるようで,損してるなぁと思う.
僕ほど適当さと衝動で動く人も珍しいと思う.
ただ,胡散臭いプロトコルを持ち合わせてるだけのような.
「いろんな職種が集まった時の同期の中では良い方でさ,全く相手にならんのよ」という話を,
同じ部門の同期とすると,「勘違いでは?」と言われる.
そういう気がしてた.恥を知った方がいい.
声がでかいことと,伝える力があることは別なのだから,もう少し謙虚になろう.
スキルを身につけよう.
『いつまで女子』をちょっとずつ読んでる.
当事者じゃないけど,そういう人を観測できるから面白いと感じるのだろうか.
本当にそういう人が本当に身近にいるわけではないので,
ただ,擬似的に共感できるのは異常なことだと思う.
俺は女子ではない.
人生や進路,間違えたとかは全く思わんけど,もっと面白くできる気がする.